東京高等裁判所 昭和46年(う)2406号 判決
本籍
東京都渋谷区宇田川町五〇番地
住居
同都世田谷区松原六丁目六番八号
会社役員
鶴切一郎
大正一三年七月二一日生
右の者に対する所得税法違反報告事件について、昭和四六年七月一五日東京地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、弁護人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検事中野博士出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。
主文
本件控訴を緊却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人井上忠已作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。
所論に徴し、本件訴訟記録を調査し且つ当審における事実取調の結果に基づいて考察するに、被告人の本件所得の申告比率は実際の課税所得金額の約三パーセント余ないし約五パーセント余に過ぎず、ほ脱税額も多額に及び、脱税の方法も原判示のように決して単純なものではない。以上のような本件犯行の態様に、本件犯行の動機に特に酌むべき特別な事情が存しない点などを考え合わせると、被告人が現在深く反省自戒していることや重加算税を完納したことなど、所論指摘の被告人に利益となるべきすべての事情を斟酌しても、原判決の量刑が重過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を緊却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長刑事 三井明 判事 石橋四郎 判事 杉山忠雄)
控訴趣意書
被告人 鶴切一郎
右に対する所得税法違反被告控訴事件につき控訴申立の理由を左の通り上申する。
昭和四六年一〇月二二日
右被告人弁護人
井上忠已
東京高等裁判所第一三刑事部 御中
記
原判決はその刑の量定が不当である。
一、原判決は被告人に対し、懲役刑六ケ月のほか罰金六五〇万円の刑を言渡している。然しながら本件犯行における情状については、弁護人提出の弁論要旨記載のようにその犯行の動機はきわめて素朴であり、その手口方法も極めて単純であり、ほ脱率の大きかつた原因は通常人に藪倍する被告人の努力が主となつて居り、また被告人が本件犯行を深く反省して積極的に当局に協力して修正申告をして既に納税を完了し、経営を株式会社組織として青色申告に改め今后再び同種の犯罪を行うおそれがないことなどを考え合せるとき、所得税法第二三八条第二項の情状に該当するとは倒底考えられない。
二、原判決言渡后被告人は当時未納となつていた重加算税の残金のうちにすでに本日までに一五万円を納入しその余の納入も近々のうちに行う予定である。原判決はこの未納分をも考慮して量刑されたので、当審においては当然刑の改定が行われるべきである。
三、原判決言渡層、我国の経済は突然の恐怖におそわれている。所謂ドルシヨツクがそれである。勿論被告人の事業もその大波をかぶつている。それでなくても、本件犯行のつぐないとして多額の重加算税と罰金の支払いのため店舗の一軒ぐらいは処分する必要があるかと思われていたところである。もし今日の不況か 専門家の言うように相当長期にわたるとすれば、被告人の苦痛は更に深刻である。刑事政策的にも時の経済状勢に合致するような重刑に改められるのが至当である。